初出 メールマガジン『ルビュ「言語文化教育」』492号 https://www.mag2.com/m/0000079505 発行日:2014年5月9日 発行所:言語文化教育研究所 八ヶ岳アカデメイア http://gbki.org/ ■ 自著を語る ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 人間の生に還元しうる知を目指して                               市嶋 典子 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 市嶋典子(著)『日本語教育における評価と「実践研究」─対話的アセスメン  ト:価値の衝突と共有プロセス』ココ出版,2014年3月刊 ●Amazon.co.jpにジャンプ:http://gbki.org/ichi.html ---------------------------------------------------------------------- この本の特徴の一つとして,1960年代から2000年代にかけての日本語教育にお ける評価研究と「実践研究」の歴史的変遷を明らかにした点が挙げられる。そ こで,ある一つの共通点を発見した。それは,理想と現実の乖離という問題で ある。 日本語教育の評価においては,量的,測定的評価が主流とされてきた。一方で, 学習者の能力を固定的の捉えることに対する批判から,2000年以降,学習者の 学びのプロセスに注目する質的評価が注目されるようになってきた。 しかし,これらは理念的なものに留まり,日本語教育実践の現場に定着してい るとは言いがたい。質的評価は確かに理想的だが,具体的にどのように行った らいいか分からないという教師の声も少なくない。 「実践研究」も,評価同様,2000年以降,注目されるようになってきた。 だが,日本語教育研究全体の中で,「実践研究」が占める割合は,さほど大き くはない。複数の大学院生から,「自分は“実践研究”で博士論文を書きたい が,指導教官から,研究にはなり得ないと言われている,どうしたら良いのか」 というような相談も受けたことがあるほどである。 このように,質的評価や「実践研究」の重要性が指摘されながらも,主に方法 論が確立されていないという理由で,教育研究の中で,周辺化され,理想論に 留められている現状にある。 本書では,近年の新しい評価論や「実践研究」論が,机上の空論としてしか捉 えられていない現状を打破するために,実践形成過程の検証を詳細に記述し, 「対話的アセスメント」という具体的な評価実践の実態を「実践研究」として 示した。 「対話的アセスメント」は,動態的・関係的言語能力観に立ち,意味の複数性 や論争性,プロセス的,主体的学びとの不可分性によって特徴づけられる。 「対話的アセスメント」においては,あらかじめ規定された評価基準に学習者 をあてはめていくのではなく,教師と学習者が実践の文脈に沿って,評価基準 を吟味し,よりよい基準へと更新していくことが重視され,評価基準の間主観 的理解が目指される。このような質的な評価活動の実態の記述によって,評価 理論の実践化,実践の理論化を越えた,実践形成過程の検証を対象とした「実 践研究」を目指した。 また,学習者を研究の「対象者」として静態的に記述するのではなく,実践に 共に参加する,代替不可能な「共在者」とみなすこと,実践の中で展開される 生の営みを,教師と学習者を含めて記述していくことによって,「対話的アセ スメント」という評価の概念とアプローチを描き出した。 実践を描く上では,日常的な実践の中で生じた評価に関する疑問や葛藤,学習 者達との間に生じた衝突を排除せずに記述した。その意味で,本書は「実践研 究」によって構成された評価研究であるといえる。 日本語教育が,日本語のみならず,人間の存在をも思考すべき学問であるなら ば,人間の生に還元しうる知を目指していく必要があるのではないか。自然科 学の方法にのっとった学知の蓄積とは別に,人間としての生の充実とそれを支 えるための言葉の創造という日本語教育学的な知が目指されるべきであると言 える。 実践に参加する教師と学習者の生の営みを取り上げ,その営みに固有の意味を 見出していくことによってこそ,従来の方法論では得られなかった新たな知を 導きうるのではないか。      (いちしま のりこ:秋田大学 − http://ichishima.thyme.jp ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━