エッセイ

価値の創造のプロセスとしての評価
市嶋典子

近年,日本語教育において,従来の評価の在り方を大きく問い直すパラダイム転換が示されるようになってきました。その流れの一つは能力主義を重視した結果主義的評価から,教室参加者の関係性や学びの過程を重視したプロセス的評価へという変化です。一方で,日本語教育の現場の多くでは,テストや試験によって日本語能力を測定する総括的評価が依然として主流にあります。評価における,知識偏重主義が問題視されているにも関わらず,なぜ日々の実践レベルでは現状に変化が見られないのでしょうか。一つには具体的な評価のアプローチが提示されていないということがあります。また,プロセス的評価の概念は,教師の共感を呼ぶけれども,組織の制度との兼ね合いで,日常の実践に移すことは難しいとされていることも挙げられます。本来,評価は,いかなる教育目標のもと,どのような日本語教育実践を行うのか,それを実現するためにはどのような評価が考えられるのか,というように,実践における教育目標を起点に考えていく必要があります。日本語教育実践の内部から生成された評価の理念と方法こそが,新たな評価の構想力と指針を生むと考えられます。

私は,このような問題意識のもと,秋田大学の留学生を対象とした授業で,学生同士が自己と他者のレポートに対しコメントを述べ合う対話的な評価活動を組み込んだ日本語教育実践を行っています。この授業では,文化をテーマとした様々な評論文や随筆を読み,これらを批判的に検討した上で,自分にとっての文化とは何かをレポートにまとめます。学生達は,読み物を読むことによって,作者との対話を,その内容をクラスメートと議論することによって,他者との対話を,レポートを書くことによって,自己との対話を経験します。この何層にも織り込まれた対話の経験によって,学生達が,文化を情報として受容するだけの存在から,自らの文化論を見出し,創造していく存在へと転換していくことを目指しています。このような教育観を具現化するための教室デザインの一部として,対話的評価活動を行っているのです。

出典

  • 市嶋典子(2012年9月).価値の創造のプロセスとしての評価『秋田にほんごの会 会報』52.